東京高等裁判所 平成4年(ネ)3117号 判決 1994年5月26日
神奈川県横浜市神奈川区神大寺二丁目二九番三〇号
控訴人
株式会社 オオヤマフーズマシナリー
右代表者代表取締役
大山豊造
右訴訟代理人弁護士
永田晴夫
右輔佐人弁理士
鈴木正次
新潟県新潟市女池神明二丁目八番地一〇
被控訴人
株式会社小田商店
右代表者代表取締役
小田一彦
右訴訟代理人弁護士
土屋俊幸
右輔佐人弁理士
近藤彰
主文
原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
被控訴人の請求を棄却する。
訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 控訴人
主文と同旨
二 被控訴人
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
第二 請求の原因
一 訴外小田一彦は、次の特許権(以下「本件特許権」といい、その特許発明を「本件発明」という。)を有していたが、昭和五二年六月一日、被控訴人は、右小田から、本件特許権の全部について専用実施権の設定を受け、同年七月一一日、その旨の登録を了した。
特許番号 第〇七六六九四八号
発明の名称 餅搗臼
出願日 昭和四六年八月三〇日
出願公告日 昭和四九年七月一七日
登録日 昭和五〇年四月二六日
二1 本件発明の特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)に記載された特許請求の範囲は、次のとおりである。
図面に例示するように椀状の臼本体の中央部に適当大きさの透孔を設け、その透孔に柱状の杵受体を嵌挿して、これを回転せしめるようにしてなることを特徴とする餅搗臼。
2 本件発明の構成要件を分説すると、次のとおりである。
a 椀状の臼本体の中央部に適当な大きさの透孔を設け、
b 透孔に柱状の杵受体を嵌挿して、これを回転せしめるようにしてなることを特徴とする
c 餅搗臼
3 本件発明の作用効果は、次のとおりである。
杵受体の回転によって、餅集団を移動させることによる杵搗位置の変更、及び臼内面との協働による餅の「こねり」がなされ、それによって、あい取り操作を不用としたものである。
三 控訴人は、原判決別紙1ないし4(但し、別紙1ないし4の図面の説明中「盤体(c)」とあるのはいずれも「盤体(c′)」と、別紙4の図面の説明中末行の「各二個ずつ」とあるのは「各一個ずつ」とそれぞれ訂正したもの)記載のイ号物品、ロ号物品、ハ号物品及びニ号物品(以下一括して「控訴人製品」という。)を業として製造販売した。
四1 控訴人製品の構造は、次のとおりである。
(一) イ号物品及びロ号物品
A 椀状の臼体の中央部に適当な大きさの透孔が設けられ、
B 透孔中央部に中央柱体が嵌挿固定され、
C 中央柱体の外周部に回転盤付き回転筒を回転自在に嵌挿し、
D 右回転盤の外周傾斜面に攪拌羽根が固着され、
E 臼体の内壁下部に攪拌羽根と協働する固定羽根が固着されている
F 餅搗臼
(二) ハ号物品
A 椀状の臼体の中央部に適当な大きさの透孔が設けられ、
B 透孔中央部に中央柱体が嵌挿固定され、
C 中央柱体の外周部に回転盤(テフロンリング)付き回転筒を回転自在に嵌挿し、
E 臼体の内壁下部に固定羽根が固着されている
F 餅搗臼
(三) ニ号物品
A 椀状の臼体の中央部に適当な大きさの透孔が設けられ、
B 透孔中央部に中央柱体が嵌挿固定され、
C 中央柱体の外周部に回転盤(テフロンリング)付き回転筒を回転自在に嵌挿した
F 餅搗臼
2 控訴人製品の作用効果は、次のとおりである。
臼体内の回転盤部分に位置している餅は、回転盤の回転に伴って移動せしめられ、臼体内との接触で「こねり」がなされていて、あい取り操作は不用である。
五1 本件発明の構成と控訴人製品の構造を対比すると、次のとおりである。
(一) 控訴人製品の構造Aは、本件発明の構成要件aを充足する。
(二) 控訴人製品の構造B及びCは一体として、本件発明の構成要件bを充足する。
本件発明における「杵受体」の技術的意義であるが、「杵受」の語句から、少なくとも杵の落下位置にあり、落下してくる杵体との間に蒸した餅米の固まりを挟み込んで餅搗き作用を営むものであり、餅搗き時のあい取り作用の機械化という本件発明の技術課題から、回転して餅の移動を行う作用を備えるものということができる。
また、「柱状」は、その形状が扁平でないこと、すなわち杵圧に対応できるとともに臼本体の外部から回転を付与できる構造とするための形状条件であるといえる。
したがって、本件発明の特許請求の範囲の記載からは、「杵受体」は、少なくとも杵の落下位置にあって、落下してくる杵体との間に蒸した餅米の固まりを挟み込んで餅搗き作用を営み、その回転で餅の移動を行う部材であると解釈される。
そして、特許請求の範囲には、柱状の杵受体を回転せしめることが記載されているのみで、杵受体が具体的にどのように構成され、杵受体のいずれの部分を回転させるか、という点の限定は何らなされていないのであって、本件発明における杵受体は、全体が回転する不可分構成からなるものと、回転しない部分と回転する部分とが一体となった可分構成からなるものとが含まれる。
ところで、控訴人製品において、回転盤付き回転筒は中央柱体と共に臼本体の透孔に嵌挿されていて、杵体の直下の位置にあって、落下してくる杵体との間に蒸した餅米の固まりを挟み込んで餅搗き作用を営んでいる。そして、控訴人製品の回転盤には当然餅の位置変動たる「あい取り作用」を行う機能が備えられているから、回転盤付き回転筒が本件発明の杵受体と実質的に同一の作用を行うのである。
したがって、控訴人製品の中央柱体及び回転盤付き回転筒は本件発明の杵受体に該当する。
(三) 控訴人製品の構造Fは、本件発明の構成要件cを充足する。
(四) なお、イ号、ロ号物品における攪拌羽根及び固定羽根、ハ号物品における固定羽根が相応の作用効果を奏するものであるとしても、これらの羽根は、本件発明を基礎とし、これを利用しているにすぎないのであって、右各物品が本件発明の構成要件を充足しているか否かの認定には関係のないものである。
2 控訴人製品においては、杵の落下位置に存在する回転盤の回転によって、餅のこねり及び杵搗位置の移動がなされていて、あい取り操作は不用なのであるから、本件発明と同一の作用効果を奏するものである。
3 したがって、控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属する。
六 控訴人は、控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属することを知りながら、又は過失によりこれを知らないで、イ号、ハ号及びニ号物品各一台、ロ号物品三台を製造販売した。
被控訴人は、控訴人が製造販売したのと同様の臼が一基のシングルタイプを一台三〇〇万円で、臼が二基のダブルタイプを一台三八〇万円で販売し、一台当たり一五〇万円の利益を得ている。
したがって、被控訴人は、控訴人の控訴人製品の製造販売により合計九〇〇万円の損害を被った。
仮に、右主張が理由がないとしても、本件特許権の通常実施料は販売価格の二三・五パーセントが相当であるから、被控訴人は、少なくとも通常実施料相当額四九八万二〇〇〇円の損害を被った。
よって、被控訴人は控訴人に対し、損害賠償金九〇〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成元年一一月七日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
第三 請求の原因に対する認否及び反論
一 請求の原因一項のうち、訴外小田一彦が本件特許権を有していたことは認めるが、その余の事実は不知。
二 同二項1ないし3は認める。
三 同三項は認める。
四 同四項1は認める。同項2は争う。控訴人製品においては、回転しない中央柱体を設けることにより、大きな「こねり作用」が得られているのである。
五1 同五項1(一)、(三)は認める。同項1(二)、(四)、及び同項2、3は争う。
2(一) 本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、透孔に嵌挿した物(杵受体)は回転することが要件とされており、一部でも固定している場合には、この要件を充足しない。
控訴人製品において杵受作用を有する中央柱体は、固定されたものであって回転しないから、控訴人製品の構造B及びCは本件発明の構成要件bを充足しない。
(二) 餅のこねり作用は、餅に発生する摩擦力(粘着力)に基因し、摩擦力は加圧力が大きいほど大きくなるが、本件発明においては、餅の移動力が零の部分は杵受体の中心点のみであるのに対し、控訴人製品では、移動力が零の部分は、杵体の直下に位置する、固定された中央柱体の全部に及ぶ点において、加圧力が大きく、したがって、摩擦力も大きいから、結局、こねり作用も大きいことになる。換言すれば、控訴人製品は、回転しない中央柱体を設けることによって大きなこねり作用を得ている点に特徴がある。
(三) イ号及びロ号物品に設けられている攪拌羽根は、回転盤による作用を更に強化し倍加させるのみでなく、固定羽根と協働して、餅に剪断作用を与えるものである。そして、固定羽根は、餅の移動を一時停止 ないし阻害することにより、移動する攪拌羽根と協働して、餅に剪断作用を与えものであって、この点においても、本件発明と技術思想を異にする。
六 同六項のうち、控訴人が被控訴人主張の控訴人製品を製造販売したことは認める。被控訴人が、その主張に係る製品を主張の価格で販売し、主張の利益を得ていることは不知。その余は争う。
第四 証拠
証拠関係は、原審における書証目録及び証人等目録、並びに当審における書証目録記載のとおりである。
理由
一 請求の原因一項のうち、訴外小田一彦が本件特許権を有していたことは当事者間に争いがなく、成立に争いのない甲第四号証によれば、その余の事実(被控訴人に対する専用実施権の設定)が認められる。
そして、請求の原因二項1(本件発明の特許請求の範囲の記載)、同項2(本件発明の構成要件)、同項3(本件発明の作用効果)、同第三項(控訴人が控訴人製品を業として製造販売したこと)、及び同四項1(控訴人製品の構造)については、当事者間に争いがない。
二 そこで、控訴人製品が本件発明の技術的範囲に属するか否かについて検討する。
1 控訴人製品の構造A、Fが、本件発明の構成要件a、cをそれぞれ充足することは、当事者間に争いがない。
2 控訴人製品の構造B及びCが一体として、本件発明の構成要件bを充足するか否かについて検討する。
(一) 本件発明の特許請求の範囲の記載によれば、本件発明における「杵受体」は、その全体が一体として回転せしめられるものとして規定されていることは一義的に明らかであるというべきである。
被控訴人は、本件発明の特許請求の範囲の記載からは、「杵受体」は、少なくとも杵の落下位置にあって、落下してくる杵体との間に蒸した餅米の固まりを挟み込んで餅搗き作用を営み、その回転で餅の移動を行う部材と解釈されるものであり、また、特許請求の範囲には、柱状の杵受体を回転せしめることが記載されているのみで、杵受体が具体的にどのように構成され、杵受体のいずれの部分を回転させるかという点の限定は何らなされていないから、本件発明における杵受体は、全体が回転する不可分構成からなるものと、回転しない部分と回転する部分とが一体となった可分構成からなるものとが含まれる旨主張する。
被控訴人の右主張は、「杵受体」につき、一方で、その回転で餅の移動を行う部材と解釈されるものであるとしながら、他方で、回転しない部分も杵受体の構成の一部となるとするものであって、主張自体矛盾しているといわざるを得ないが、特許請求の範囲における「その透孔に柱状の杵受体を嵌挿して、これを回転せしめるようにしてなる」との記載自体からは、本件発明における杵受体は、その全体が回転する構造を有するものに限られるものと解釈するのが極めて自然であり、回転しない部分もその構成の一部となる態様のものも含まれるものと解釈することは到底できない。被控訴人は、特許請求の範囲には、杵受体がどのように構成され、杵受体のいずれの部分を回転させるかという点の限定がないことを理由として、本件発明の杵受体には、回転しない部分と回転する部分とが一体となった可分構成のものも含まれるとするのであるが、この主張は、本件発明の杵受体には可分構成からなるものも含まれることを前提とすることに帰するものであって論理が逆であり、しかも、杵受体がどのように構成され、杵受体のいずれの部分を回転させるかという点の限定がないからこそ、特許請求の範囲の前記記載から、前記のとおり解釈されるのであって、被控訴人の右主張は失当である。
そして、本件明細書(成立に争いのない甲第一号証)を精査しても、本件発明の杵受体には、回転しない部分と回転する部分とが一体となった可分構成からなるものも含まれることを示唆する記載はない。ちなみに、本件明細書の発明の詳細な説明における、「例令杵受体3の頂上に載置したとしても、杵受体3の上記回転によって、餅米の集団は杵受体3の周縁部分に偏向して杵受体3と共に回転しようとする。」(甲第一号証第二欄二行ないし五行)、「餅米の粘着力による杵受体3と臼本体1との粘着及杵受体3の回転によって、餅米の粒状組織が破壊されて相互密着し餅状体Bが形成され且杵受体3の回転と粘着力によって第1図Bの矢印のように表皮部分を引張して内方へ包入する作用を行う」(同欄一〇行ないし一五行)、「杵受体3自体の回転が上記の作用を行うものであるから、杵搗きを行えば餅米の集団又は粗餅Bは、杵受体3の周縁部分を中心として杵受体3の回転方向に緩やかに移動する」(同欄一八行ないし二一行)などの記載に照らしても、本件発明における杵受体には、回転しない部分と回転する部分とが一体となった可分構成のものも含まれるものと解釈することは到底できない。
(二) ところで、控訴人製品においては、透孔に中央柱体及び回転盤付き回転筒が嵌挿されているところ、回転盤付き回転筒は回転するものの、中央柱体は回転せず、固定されているものである。
そうすると、控訴人製品の中央柱体及び回転盤付き回転筒が、本件発明における、全体が回転する「杵受体」に該当しないことは明らかであり、控訴人製品の構造B及びCは、本件発明の構成要件bを充足しないものというべきである。
被控訴人は、本件発明における杵受体には、回転しない部分と回転する部分とが一体となった可分構成のものも含まれることを前提とした上、控訴人製品の回転盤付き回転筒は本件発明の杵受体と実質的に同一の作用を行うことを理由として、控訴人製品の中央柱体及び回転盤付き回転筒は本件発明における杵受体に該当する旨主張するが、右前提自体が誤りであることは前記のとおりであるから、右主張は理由がない。
なお、本件発明及び控訴人製品は共に、あい取り操作の不用化をもたらすものであるとしても、本件発明と控訴人製品における杵受け部分、回転部分の構成の相違により、餅のこねり及び杵搗位置の移動の程度、態様等を異にするものであることは容易に推測されるところであって、実質的な作用効果の点でも同様のものということはできない。
3 以上のとおりであるから、イ号及びロ号物品の構造D及びE、ハ号物品の構造Eについて、本件発明の構成要件との対比上どのような関係を有するかについて検討するまでもなく、控訴人製品は本件発明の技術的範囲に属しないものというべきである。
三 したがって、被控訴人の本訴請求は、その余の点について検討するまでもなく失当として棄却すべきである。
よって、右と結論を異にする原判決中控訴人敗訴部分を取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却することとし、民事訴訟法八九条、九六条、三八六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 押切瞳)